荒木飛呂彦原画展

東京・国立新美術館で開催中の「荒木飛呂彦原画展 JOJO 冒険の波紋」を観た。同展は、間違いなく今年最も話題になったマンガ展のひとつだが、美術館業界全体で言っても、今後、エポックメイキングな展覧会として振り返られる展覧会になるだろう。

「JOJO」とは、言うまでもなく、荒木飛呂彦によるマンガ作品「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズのこと。1986年の『週刊少年ジャンプ』での連載開始以降、「ジョジョ」と呼ばれてきたある一族の歴代の人物たちと、一人の男との数世代にわたる因縁の対決を中心とした物語として、30年に渡って描き継がれてきた。同展は、現在も連載中のこの人気シリーズの原画(生原稿)を中心に紹介するマンガ展である。

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この展覧会で、マンガは、「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」「絵」から成り立つものとされていたが、この5つの要素が展覧会全体の章立てとも呼応し、来場者は、それぞれの魅力をテーマごとに意識できるように作られている。

特に、「絵」という部分に対応する「Jojo’s Design」および「ジョジョとアート」というセクションは重要だ。というのも、本展は、1990年に東京国立近代美術館で開催された「手塚治虫展」以来約30年ぶりの、国立の美術館で開催されたマンガ家の大規模個展だからである。「手塚展」は、当時美術界に大きな議論を巻き起こしたが、いわば国がマンガ=芸術と認めたこともあって、その後、マンガの社会的位置付けが大きく変わるきっかけとなった。今回「JOJO」展が国立の美術館で開催されるにあたって、「手塚展」の時のような議論が起こらなかったのは隔世の感だが、それでも、「ジョジョ」を「アート」と「デザイン」の歴史の系譜上に位置付けるという作業は、美術館としては必要なことだったようである。

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「手塚展」は、原画を額装し、壁面に並べるだけのシンプルな「美術展」だったが、この30年でマンガ展も様々な挑戦をし、変わってきた。「手塚展」と「JOJO」展の比較のみで言えば、「手塚展」以降進展し、「JOJO」展でも反映されていたのは、現代美術と接近したこと、そして空間デザインが進化していること、である。

90年代、村上隆やヤノベケンジら1960年代生まれの現代美術作家たちが、マンガをテーマとする作品を次々と発表し、新しい現代美術ブームのきっかけを作った。「THEドラえもん展」(02年)や「GUNDAM展」(05年)のような、アニメやマンガをテーマにした大型の現代美術展も次々に作られ、話題に。今回の「JOJO」展でも、現代美術作家の小谷元彦が非常に印象的な彫刻作品を出展し、マンガを読むだけでは感じられない「ジョジョ」の世界を演出していた。

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空間デザインという意味でも、今回の「JOJO」展は、マンガ展の成熟を感じさせるものだった。展覧会というのは、会場をどのように仕切り、どのような位置に展示物を配置するかで、作家の世界観や作品の解釈を表現することができる一種の空間表現である。「本で読む」とは異なる体験を提供することにこそマンガ展を作る大きな意味があると筆者は考えるが、そのことが意識されたマンガ展は、案外少ない。昨年、宮城県仙台市のせんだいメディアテークで開催された「荒木飛呂彦原画展 ジョジョ展 in S市杜王町 2017」では、元々低い天井の会場を迷路のように仕切り、最新シリーズで展開される閉塞した室内におけるサスペンスを演出していたが、今回の「JOJO」展では、企画室の8mという天井高を巧みに利用した開放的空間を構成し、同じ作品を扱っているにもかかわらず、まったく異なる印象の展覧会となっているのが面白かった。

[初出=2018年9月28日『朝日新聞』(大阪版)夕刊「いまどきマンガ塾」]