ギガタウン・イン・テラタウン

「夕凪の街 桜の国」や「この世界の片隅に」がオリジナルパートを加えた形でドラマ化するなどますます注目を集めている、こうの史代。いずれも戦争マンガの傑作だが、こうのは元来、扱うモチーフもその表現手法も、多様で挑戦的な実験作家である。

今年単行本にまとめられた『ギガタウン 漫符図譜』(朝日新聞出版)も、マンガ独特の表現記号=「漫符(まんぷ)」について解説した、ありそうでなかったマンガ作品。漫符を体現するのは、京都・高山寺に伝わる国宝「鳥獣人物戯画」に登場する動物たちが現代風にアレンジされたキャラクターだ。
22日に京都国際マンガミュージアム(京都市・中京区)で始まった企画展「ギガタウン・イン・テラタウン こうの史代の「漫符図譜」」は、この作品を紹介する企画展である。展覧会は二部構成で、第一部は、同作でも紹介されている十の漫符を取り上げ、それらの歴史や古今東西の使用例を紹介するなどして、詳しく解説している。第二部では、「ギガタウン」の原画(生原稿)百点以上を一堂に集め、印刷物では味わえない作家の生(なま)の筆致を感じてもらえるコーナーとなっている。

* * * *

日本において、マンガはあまりに日常的なものであるため、私たちは、漫符を、誰に教わるでもなく理解し、読み解き、コミュニケーションツールとして使いこなしている。展覧会の第一部は、私たちがいつの間にか身に付けている“第二言語”としてのマンガ表現について、意識して考えてもらう機会となるだろう。
そこでは例えば、青筋を象った怒りマークが海外ではほとんど知られていないと語るスウェーデン出身のマンガ家の作品や、「ONE PIECE」でしばしば使われる「ドン‼」というオノマトペ(擬音語・擬態語)が、文字をベタ塗りする/スクリーントーンを貼るという描き分けがなされている意味についての研究等が紹介されている。

「漫符」についての本格的な研究の嚆矢のひとつは、95年に刊行された『別冊宝島EX マンガの読み方』だろう。そこでは、漫符だけでなく、コマ割りや、道具による描線の違い、フキダシやオノマトペといった、マンガという表現を成り立たせている「仕組み」が詳細に分析されている。それまでのマンガ論のように、作品のストーリー展開やテーマについて論じるのではなく、ストーリーやテーマを効果的に伝えるための表現手法そのものの構造を明らかにしようという試みである。その発想は、執筆者の夏目房之介や竹熊健太郎らによってさらに追及され、今やマンガ研究の主流に。「マンガ表現論」と呼ばれるこの研究ジャンルは、〇〇年代以降、マンガ研究がアカデミズムにおける一分野として認められることに大きく貢献した。

* * * *

もっとも、漫符を“再発見”し、私たちにその存在を最初に気付かせてくれたのは、マンガ家自身だった。例えば、赤塚不二夫は、「天才バカボン」などで、コマを読む順番をメチャクチャにしたり、描かれるキャラクターのサイズを現実の人間と同じにしたりする「ギャグ」で、私たちが暗黙のうちに了解していたマンガのルールをあぶりだした。実は、『マンガの読み方』を書いた夏目も、赤塚が切り開いたこうした路線を引き継ぐパロディマンガ家だったし、竹熊は、マンガ家の相原コージと共に、マンガ表現の仕組みと歴史を解説する「サルでも描けるマンガ教室」(89~91年)を発表している。

こうのの「ギガタウン」も、マンガ表現がより微細に分析されている現代における、作家からのアンサーと言えるかもしれない。

展覧会場に足を運んでいただき、マンガ表現が、マンガ家と、分析する読者としてのマンガ研究者の一種の対話によって豊かになるかもしれないという可能性についても感じていただきたい、と思っている。

[初出=2018年11月30日『朝日新聞』(大阪版)夕刊「いまどきマンガ塾」]