『描く!』マンガ展

『描く!』マンガ展~名作を生む画技に迫る――描線・コマ・キャラ~
2017年4月14日(金)~5月14日(日)
京都国際マンガミュージアム

日本のマンガ文化の特徴のひとつは、マンガを〈描く読者〉が数多く存在していることである。「京都国際マンガミュージアム」(京都市)で開催中の企画展「『描(か)く!』マンガ展~名作を生む画技に迫る――描線・コマ・キャラ~」では、戦後、プロのマンガ家ではない素人のマンガ読者たちが、いかにたくさんのマンガを描いてきたかに注目し、そうした人たちにマンガを描くことを促している、各時代の文化装置を紹介している。

例えば、全国の少年少女たちから投稿されたマンガ作品を紹介、添削するページを充実させていた雑誌『漫画少年』は、昭和20年代に機能した、そうした装置のひとつだった。後にプロのマンガ家になっていった石ノ森章太郎や赤塚不二夫や、筒井康隆(小説家)、篠山紀信(写真家)といった人たちが、少年時代、この雑誌の熱心な投稿者だった。
現在で言えば、3日間でのべ55万人を集める同人誌即売会「コミックマーケット」や、昨年、ユーザー数が2000万人を超えた、イラスト・マンガ作品を介したSNS「pixiv(ピクシブ)」がその役割を果たしている。考えてみれば、江戸期に大ヒットした『北斎漫画』も、「手習い本」つまりイラストのお手本集だったわけで、その意味で、日本人は昔から「描く」ことに貪欲だったと言える。

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「『描く!』マンガ展」では、戦後、〈描く読者〉を生み出していくこうした文化装置の解説を背景に、プロになっていった13人――手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子不二雄Ⓐ 、赤塚不二夫、水野英子、さいとう・たかを、竹宮惠子、陸奥A子、諸星大二郎、島本和彦、平野耕太、あずまきよひこ、PEACH-PITのマンガ原画(一部複製、デジタルプリント)約300点を紹介している。

戦後の各時代を代表するマンガ家たちの作品を並べることで、マンガ表現、特に描線というものに、時代のトレンドと作家の個性があることを知ってもらうのもこの展覧会の目的のひとつである。例えば、線の太細を力の入れ加減で調節しやすいGペンというペンを多用した「劇画」的な絵柄と、均等な太さの線で描かれた80年代少女マンガの絵柄が、作品の世界観を表現するためにいかに作用しているかを見ることができるだろう。そして、そうしたことは、生の筆致が刻まれた原画を鑑賞することで、より強く感じることができるはずだ。

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ところで、このように、作品が生み出された文化的な背景を歴史的な流れとして描いた上で、表現の変遷をたどるという、一般的な美術展では当たり前のやり方で作られたマンガの展覧会というのは、実は、これまであまりなかった。現在、全国で膨大な数のマンガ展が開催されているにもかかわらず、だ。少なくとも、今回の企画を立ち上げた大分県立美術館のような公立の美術館・博物館で、「『描く!』マンガ展」がそうしたように、マンガ研究者による監修・キュレイションチームを作って、コンセプトから作り上げていくというやり方を採ったマンガ展はほとんど存在しなかったのではないか。

先日、山本幸三・地方創生担当大臣が「学芸員は癌」と発言したことが、多くの美術館・博物館関係者の反発を得た。学芸員には「観光マインド」がないというのが大臣の批判ポイントだったわけだが、公立美術館におけるマンガ展の多くはしかし、むしろ観光・産業的な発想と目的で開催されていることが少なくない。もちろんそうしたマンガ展を否定するわけではないが、ファンサービスとグッズ販売を目的に、出版社によって作られた、デパートのイベントスペースで開催されているマンガ展のパッケージを、公立美術館が買い取って巡回させるだけでいいのか。「『描く!』マンガ展」は、そうしたマンガ展の現状に問いを投げかけている展覧会でもあるのである。

[初出=2017年4月28日『朝日新聞』(大阪版)夕刊「いまどきマンガ塾」]